人生と家族
この歳になって人生を振り返ると、
家族や部活や仕事が楽しかったなと感じました。
それを書いておきます。
人によって価値観が違うからあまり興味がないかもしれないけれど、
読みたくなった人がいたら読んでみて下さい。
◎ 家庭と子育て
自分が若い頃、「苦労≠幸せ」だと思っていました。
しかし、徐々に年齢をとるうちに「苦労=幸せ」だと思うようになったのです。
その最初の例は子育てです。私は30代中頃に妻と結婚し、
子供ができるまではいろいろなところへ遊びに行き、とても幸せでした。
しかし、1年も経たないうちに長男ができ、さらに4年後、次男ができて、
あっという間に子育てモード入りました。
子育ては非常に大変(特に妻は大変)でした。
以前、友人の子育てやテレビ番組を見て、
「子育てって大変そうだな」って思っていたのですが、
予想通り大変でした。しかし、それにもかかわらず、
その苦労は(まったく不幸でなく)大きな幸せだったのです。
「苦労=幸せ」と感じたこと。
それは予想外でした。
若い頃って「苦労≠幸せ」(苦労=不幸)だと考えていませんでしたか。
私など、苦労をしないまま、良い結果を得たいとよく思いました。
しかし、勉強でもスポーツでも、
実際にレベルの高い人々は「苦労など平気だ」と感じていたようです。
それは、苦労が成長に結びついたからでしょう。
勉強、スポーツ、子育てや生活でも「苦労=幸せ」になれることがよくあります。
若い人たちは、是非、
「苦労=幸せ」ってことがありえることを知っておいてくれたら嬉しいです。
ちなみに、家庭や子育ての苦労は、
私に大きな幸せ(人生の一番の幸せ)を運んできてくれました。
妻や子供には大きく感謝しています。本当にありがとう!
◎ 好きなことを増やそう
自分の経験をもう少しだけ話させて頂こうと思います。
(読んで役に立つかどうかわからないので、読むかはご自由に。)
私は物理学とバドミントンが好きでした。
しかし、好きになったタイミングはまったく違います。
物理学が好きになったのは小学生の頃で、
バドミントンが好きになったのは大学生の頃です。
まずは、物理学の話からしましょう。
私は小学校の頃から科学が好きでした。
テレビで野生動物の番組を見たり、宇宙科学の番組を見たりして、
小学生の頃から科学者になりたいと思っていました。
そして、中学時代にテレビで相対性理論の番組を見ました。
これがまた一段と面白く、物理学が大好きになり、
物理学者になりたいと思うようになったのです。
その後、高校では物理学を一生懸命やり、
大学ではもっと専門的な内容が好きでした。
そして、大学院で宇宙空間の研究を行い、
博士号を取得し、科学者になったのです。
苦労はたくさんありましたが、素晴らしい道でした。
バドミントンを好きになったのは、物理学とまったく違う時期でした。
私がバドミントンを好きになったのは大学2年生の終わり頃です。
高校時代もバドミントン部だったのですが、全然好きではありませんでした。
そんな気持ちを変えたのが、大学1年生のときです。
私は一生懸命頑張るなんてことをしたことがなかったので、
結果が良かろうが悪かろうが、さほど心が動きませんでした。
普通の人は、結果に感動しないのは余裕があるからだと言いますが、
私は自分に何かが足りないからだと強く思いました。
そして、とにかく4年間最後まで部活を続けて、
自分に感動が生じるのかやってみるべきだと考えたのです。
1年生のときは体力づくり練習が多く、ただただ苦しくてしんどかったです。
2年生のときは、練習試合で先輩に「なぜそっちへ打った」と聞かれたけど、
全然答えられませんでした。プレーをまねることがあっても、
自分で考えることはなかったのです。
もっと深く考えなければいけないことに初めて気づき、
そこから少しずつバドミントンが好きになり始めました。
3年生では、よく考えて打つだけでなく、他人のプレーを予想したり、
相手の予想を外したりなど、工夫が急速に増えていきました。
4年生のとき、初めて団体のレギュラーに入れました。
そして、団体戦や個人戦で少しずつ良い結果が出ることもあり、
たまに泣けそうになったりしました。
心の奥から、素晴らしいことだと感じたのです。
昔の自分とは全然変わっていました。
私が感動するようになったのは、自分ががんばったからです。
試合結果が良かろうが悪かろうが、感動して喜んだり、
泣いたりしました。自分で信じられないほどです。
感動するようになったのは、試合結果がどうだからではなく、
すごく努力したからです。高校のときは
ほんのちょっと苦しいだけですぐに部活動を止めてしまったのですが、
大学ではやめないと頑張っていました。
そのおかげで深く深く入っていけたのです。
このように物理学とバドミントンは、まったく違った種類の「好き」です。
前者は子供の頃からの「好き」で、
そういうセンスだったということです。
後者は青年期や大人になってからの「好き」で、「根性」によって「感動」が生じ、
それによって「好き」になったものです。
二つも「好き」があるだけでもとても嬉しいことです。
皆さんも人生のいろいろな経験を通して、
たくさんの「好き」を見つけて下さい。
がんばってね!
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