科学哲学/科学基礎論

1.科学の基礎概念を問う。

科学はとても面白いが、その背後にある考え方(概念や思想)はもっと面白い。 例えば、時間とは何か、エントロピーとは何か、などなど。 私は中学の時に相対論に出会って物理学が好きになり、 大学で量子論を知って物理学の哲学が大好きになった。物理学の哲学の面白さはいろいろありすぎて全部は紹介できないけれど、 いくつかは下に書こうと思う。

2.興味のある問題

私は、科学と哲学の間にあるさまざまなパラドクスに興味があります。
(1) 量子力学と実在・・・実在とはなにか。実在主義は量子力学との矛盾をいかに克服できるか。
  シュレーディンガーの猫、ベルのパラドクス、コッヘン=シュペッカーのパラドクス
(2) 時間と自由意志・・・時間とは何か。時間は流れるか。時間に向き(過去未来非対称性)はあるか。
  ラプラスの悪魔、マクスウェルの悪魔
(3) 確率とエントロピー・・・確率とは何か。エントロピーとは何か。それは客観的な量か。
(4) 情報と認識・・・情報とは何か。それは客観的な量か。認識者なしに定義できるか。
  ギブズのパラドクス
(5) 生命と進化・・・生命とは何か。進化とは何か。最適化アルゴリズムとどのような関係か。
(6) 意識と存在・・・意識とは何か。「私」(私の主観世界=心)はいかにして宇宙の中で開闢しうるか。
(7) 世界の認識・・・実在論と経験論は世界の両面を見る二つの見方であり、それらを相補的に使うことによって世界を総合的に認識できるのではないか。どちらが正しいかではない。同時に両立はしないが、交互に(相補的に)両方使うことで世界の総体を捉えられる。
 私たちは目や耳などの感覚器官で世界(客観的な世界=宇宙)を捉えた気になっているけれど、
結局のところ、それは脳みそが作り出したニセの世界なわけで、ただ、すべてがニセモノでもない
わけで、どこからどこまでが本物でどこからどこまでがニセモノか、それを知りないのだと思う。

   見えている世界(ニセモノ) = 実在世界(本物)×感覚器官(または観測器)

3.量子力学の哲学

量子力学の解釈問題を解決するため、諸解釈(特に、アンサンブル解釈・統計解釈)について研究している。 「アンサンブル解釈」とはアインシュタイン(統計解釈)やポパー(傾向性解釈)の考え方に起源を持つ解釈である。 従来のアンサンブル解釈はNOGO定理によって否定されてしまうため、NOGO定理と矛盾しないアンサンブル解釈として 「全体論的なアンサンブル解釈」を提案している。それは次の2つの考え方が柱となっている(2本柱)。

(1)理論形式のアンサンブル解釈

【量子力学の理論形式】

量子力学の理論形式はなぜこんなに奇妙で独特なのだろうか。それを調べるため、統計力学を量子力学の形式で書き直すことを試みた。 その結果、無理やり確率振幅を定義して書き直せば、ほとんど量子力学と同じ形式に書き換えられることがわかった。 しかし、固有関数の直交性だけは仮定せねばならず、この点は量子力学独自であることがわかった。

またこの分析から、物理量が演算子で表されるという性質が量子力学独自ではないこともわかった。 量子力学で運動量 p は位置 x を用いて p=(ℏ/i)∂/∂x と表されるが、 統計力学での逆温度 β もエネルギー ε を用いて β=-k∂/∂ε という演算子に 対応付けられる。

【不確定性関係のアンサンブル解釈】

物理量が演算子で表されると非可換性が生じる。非可換性が生じると不確定性関係が現れる。上では、統計力学を量子力学の形式で書き直せることを示したが、そうであれば統計力学にも不確定性関係が現れるはずである。分析を進めた結果、統計力学に次の不確定性関係があることがわかった。σ(ε)σ(β)≧|k-<ε><β>|

【物理量のアンサンブル解釈】

上の一連の分析結果から、次のような解釈が可能である。(i) 一般に、確率変数 X に対して分布が f(X)∝exp(-cξX) のような形で表されるとき、ξを分布の特徴を表す変数と見なすことができ、ξ=-c∂/∂X という演算子に 対応付けられる。このとき、σ(X)σ(ξ)≧|c-<X><ξ>| という不確定性関係も成り立つ。(ii) 量力学もこれと同様である。位置(座標) x は確率変数であり、運動量 p は波動関数ψ(x) を特徴づける変数である。そのため、σ(x)σ(p)≧|ℏ/2-<x><p>|=ℏ/2 が成り立つ。

(2)統計学的原理からの量子力学方程式の導出

固有関数の直交性さえ仮定すれば統計力学を量子力学の形式で記述できることは、量子力学の独特さが理論形式よりも方程式の形に起因することを示唆する。それでは、その方程式の形はどのような原理によって規定されるのであろうか。1990年代にFriedenら[1990, 1991, 1995]によって、量子力学の方程式がフィッシャー情報量最小という原理(彼らは「フィッシャー情報量最小原理」と呼ぶ)から導出できることが示された。この導出は統計解釈にとって大きな意味を持つ。なぜなら、従来の古典的な統計学的原理から(確率概念を変更したり新しい論理を導入することなく)量子力学の方程式が導出できることを示しているからである。つまり、従来の確率概念を用いて量子力学的な確率を解釈しようという「統計解釈」にそのまま採用できる考え方なのだ。問題はその原理がどれだけ尤もらしいものかという点だけだが、その尤もらしさを説明するために、本論文では、さらに単純な「相対情報量最小」という仮定から「フィッシャー情報量最小原理」が導出されることを示した。

※ 上述のE. R. Frieden が1998年に一冊の本を出した。``Physics from Fisher Information" (Cambridge University Press, 1998).その本の中に、私の考えを参考にした部分があり、私の論文を引用してくれている。米国出張でこの本を見つけ、自分の考えが紹介されていることを知ったとき、とても嬉しかった。似た考え方をしているからだ。面識はないが仲間だと感じた。これも科学の醍醐味の一つだろう。

4.物理学の哲学

物理学にはさまざまな哲学的問題がある。一度、全体を見渡しながらゆっくりと考え直してみたい。

・ 時間の哲学、空間の哲学
・ 相対性理論の哲学、時空の哲学
・ 熱力学・統計力学の哲学
・ 確率の哲学、エントロピーの哲学
・ 量子力学の哲学、場の哲学
・ 宇宙の哲学、世界外存在と世界内存在
・ 生命の哲学、進化の哲学
・ 意識の哲学、心の哲学
・ 存在の哲学、認識の哲学

5.情報の自然科学と哲学

情報理論は工学の一分野だが、それを自然科学まで拡張した「情報学」という分野が生まれつつある。それは、工学のような通信技術を対象とするのではなく、宇宙や生物、脳科学まであらゆる分野のシステムを対象としており、複雑系科学まで含む巨大な分野へと成長しつつある。私はさらにそれを意識や生命などを含む哲学にまで拡張できると考え、宇宙・生命・意識の情報学について考察している。