0.2 宇宙と意識
・宇宙・生命・意識
意識の問題について述べてきたが、意識と同様に不思議なのが「命」である。「生命」と言っても良いだろう。
宇宙の中から「命」を持つ物質、すなわち「生命」が誕生したことは実に不思議なことだ。
何が生命を生命たらしめているのだろうか。普通の物質に何が加わったら生命になるのだろうか。
これは非常に難しい問題だが、ヒントを20世紀の物理学者シュレーディンガーが与えてくれている。
彼は著書「生命とは何か」(1951)[3]の中で、「生命は負のエントロピーを食べて生きている」と表現した。
負のエントロピーとは「情報」のことである。したがって、
上の言葉は「生命は体内に情報を取り入れてその構造を維持している」という意味になる。
つまり、物質と生命の違いは「情報」にあるということだ。

図0-4. 物質と生命の違い
もし生命が情報(負のエントロピー)を取り入れて命を維持しているのならば、その情報はどこから来たのだろうか。私たちは普段、食事をして栄養を取っているのだから、情報は食べ物から来ているはずである。食べ物(肉や野菜)の中に存在する情報がどこから来たのか考えると、動物は植物を食べ、植物は光合成を利用して太陽光からエネルギーを吸収しているのだから、もとをたどれば太陽光にたどりつく。結局、太陽光のもとである太陽がなぜ情報(負のエントロピー)を多く含んでいるのかという問題になるわけだが、その答えを見出すためには宇宙の進化について考察を進めなければならない。
そういうわけで、本書は「宇宙と時間」の話から始まる。そこから「生命とネゲントロピー」の話へと展開し、最後に「意識と主観世界」の話へと広がっていく。宇宙から意識までを一つの大きな謎として議論していくわけだ。
「宇宙という無機質な物質のあつまりから、
どうやって『生命』や『意識』という不思議なものが生まれたのか」
これが本書のテーマである。本書はこの問いに対して「情報の創造的進化」
という視点から考察を進めていく。
・3段階の飛躍
「プロローグ」の終わりに、次章以降の大雑把な流れを示しておこう。本書の全体では、
いかにして宇宙で情報が誕生し、生命や意識につながったのかを議論する。その根底にある疑問は、
なぜ物質的な世界に「私」という不思議なものが生まれることができたのかということである。
本書では、物質の世界から「私」という主観世界が開闢するには、
3つの大きなジャンプ(3段階の飛躍)が必要だったと考える。
第一の飛躍: 第一の飛躍は、ビッグバン直後の物質的な宇宙から、
さまざまな現象を生み出す能力を持つ情報的な宇宙への飛躍である。
第1章「宇宙と時間:情報はどこで生まれたか」では、その飛躍がどのようにして起こったのか
(宇宙でどのようにして情報が生まれたのか)を議論する。
第二の飛躍: 第二の飛躍は、物質的な世界からの生命の誕生である。
本書では、化学反応を含む物質間の相互作用から有機的な現象の因果的な連鎖が生まれ、
それが進化アルゴリズムへと発展して「生命」が誕生したと考える。
特に重要視するのがアルゴリズムの概念のである。第2章「生命とネゲントロピー:アルゴリズムの発生」では、
アルゴリズムを非平衡定常な連鎖的ループ現象として捉え、進化アルゴリズムの観点から生命について考察する。
第三の飛躍: 第三の飛躍は、心(意識)を持たない生命から心を持つ生命への飛躍である。
「私」という主観世界はいかにして開闢しうるのか。それはどのような形で説明が可能なのか。
第3章「意識と存在:主観世界の誕生へ」では、これらの問いについて科学的かつ哲学的に検討していく。
本書では、これら3段階のジャンプを経て、宇宙から生命が誕生し、意識が発生したと考える。
情報(エントロピー)とアルゴリズムの観点から見れば、それは偶然ではなく必然である。
非平衡宇宙には、より無秩序へと向かう力(エントロピー増大の力)がはたらくだけでなく、
より高度な複雑性へと向かう力(アルゴリズムの力)がはたらく。
生命や意識がいつどこで発生するのかは偶然によるが、(一度発生したら)それらがより
高度なシステムへと向かうことは必然である。本書でそれを一つずつ説明していきたいと思う。
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【コラム】科学と哲学の両面から「存在」の謎に挑む
本書のテーマは、「存在」の謎に科学と哲学の両面からアプローチすることである。
科学と哲学はものごとを正反対の側から見る。科学では、まず宇宙が存在し、そこに脳があり、
心が芽生え、経験が現れると考える。つまり、
科学: 宇宙 → 生命 → 脳 → 心 → 経験
の順である。しかし、哲学では逆に、まず経験が存在し、その中に心や脳などの概念があって、
そこから物質や宇宙の概念に向かって行く。つまり、
哲学: 経験 → 心 → 脳 → 生命 → 宇宙
である。この正反対の見方の両方を用いながら、物質的な世界(宇宙)と主観的な世界(心)の
関係を考えていくことが本書の目標である。
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プロローグの参考文献
[1]峰島旭雄,「概説西洋哲学史」,ミネルヴァ書房(1987)
[2]シミュレーション仮説については、以下のページを参照のこと。
https://simulation-argument.com/simulation(01/01/2024時点)
[3]シュレーディンガー,「生命とは何か」,岩波書店(1951)
[4]W. ウィーバー,「通信の数学的理論への最近の貢献」(1949)、
「通信の数学的理論」、ちくま学芸文庫(2009)に収録。
[5]西垣通、「基礎情報学 生命から社会へ」、NTT出版(2004)
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